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#untitled note

私的な考えとかメモ、その他トラブルシュート

ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨンについて

正直に書く。

これだ。


まずはじめに、僕はニンジャヘッズであることを書いておく。
(広義な意味でのヘッズはニンジャアトモスフィアを少しでも摂取した瞬間にヘッズとなるので、ここでは狭義な意味での、日常的にニンジャアトモスフィアを摂取しているティピカルなニンジャヘッズのことを指す)


1話公開からだいぶ時間が経って、そろそろ書きたいな。と思ったので、極めて正直に書いていこうと思う。


ファーストインパク

最初見た時、苦笑が出た。


僕は先行上映会には行っていない。


行っていないが、ツイッターの#njslyrタグでの先行上映会組の情報から、総括してただのアニメではないというように備えていた。
#njslyrタグを常用しているヘッズも同じように備えていただろう。


だがしかし、その備えを一発でぶっ壊してきた。
そう、これだ。


アニメイシヨンが公開される前、フジキドの絵を見た時や、公式(ほんやくチーム)によるアニメイシヨンの一部の情報公開を受けた時、
「なるほどこういう方向で行くのか〜」と思っていたが、このフラッシュアニメーションは全く想定していなかった。


ツイートからも伝わってくる非常に楽しそうな公式(ほんやくチーム)。


昔のアニメを見ればわかるように、今の主流と全く異なる4:3アスペクトとか、
音声モノラルとか、そんなことでアニメの面白さは多少も変わらないと思っているし、
今回はそれを逆に武器にしようとしているだけだから、そのあたりは露程も心配に思わなかった。


また、これまでの、物理書籍の宣伝や、オーディオドラマといった多様なメディアへの展開と
その仕事の本気っぷりを目にしていた僕はこのアニメに並々ならぬ期待を描いていた。*1


あなた方も見たことがあるかも知れないが宣伝しておこう。


書籍宣伝『カタナ・ソード・アンド・オイラン・ソーサリー』


オーディオドラマ『ゼロ・トレラント・サンスイ


見ればわかる、聞けばわかるが、一般的にアイエエエの小説(或いは漫画)で通っているニンジャスレイヤーが、この本気度で作られれば期待するなという方が酷だろう。


見ている最中

殆ど茫然自失という感じで呆けながら見ていたが、最初に頭の中に出てきたのは「そうきたか〜…」だった。
そして、当初予定していたものとは全くベクトルの違う、ある種期待はずれのアニメを最後まで見た。
一切飛ばすこともなく。


なぜこうなったのか?
ほんやくチームはこれで何を表現したいのか?手抜きではないのか?そんな考えが頭のなかで反芻し、おお普通にアニメしてる部分はカッコいい!とか、え?ここでまたフラッシュ?とか
殆ど訳の分からないうちに終わった。


※参考:普通にアニメしてる部分


しかし、見終わった時には、ひっでえけどやっぱりニンジャスレイヤーのアニメだったな…と思った。


見終わった後 〜 一体何なのかこのアニメ。

僕は原作も読むし、漫画版(無印キルズグラマラス・キラーズ)も多少摂取するし、彼らのやり方も大体わかったつもりで居た。
だがしかし、見終わった感想は「一応ニンジャスレイヤーだったが、一体このアニメなんだったんだ!?」だ。


原作を知っている人間がアニメを見て意味不明のまま(物語はわかる)終わるのだ。
言ってることの意味不明さが理解できるだろうか。
正直、1回みただけでお腹いっぱいで、もう1度見る気はさらさらなれず、その日はそのまま寝た。


一眠りして次の日。

なんだか#njslyr タグがアニメイシヨンで騒がしい。
ヘッズだった人が期待を裏切られたという事で騒いでいた。
原作ももう見ないとか、原作disまで始めたのは衝撃的だった。


僕も前日見た時には、期待を裏切られたな〜と思ったが、すぐにじゃあ見なければいいや。という結論に至って、即寝たのだ。
これはニンジャスレイヤーの原作者がこれまでの態度と作品に対するその行動で示しているよに、彼らが作品に対する「多様性」を大事にしているからだ。


これまでもそうだったように、アニメなんてただの多様性の一部だと思い、切り捨てればいいのだ。
それを好きな人もいれば嫌いな人も居て、でもそれは双方の立場からも、原作者からすらも認められる。ニンジャスレイヤーとはそういうものなのだ。


そう思ったが、僕も気になって、もう1度見てみた。*2
そうしてみると、不思議と最初に見た時よりも、ほんの少しだけ面白く感じた。
いや、実際には「もしかして、これ、面白いのか…?」という疑惑を感じたのだ。
何が面白いのかは、その時はわかっていない。


なんかおかしい。どう考えてもこんなアニメひどいのだが、最初に見た時より面白く感じる。


そう思って、2回目も見た。そうすると、不思議なことに1回目よりも確実に面白い。
フラッシュアニメの部分は断然ヒドイが、それ以外が良い。


そう思って、3回目も見た。そうすると、不思議なことに2回目よりも確実に面白い。
フラッシュアニメの部分は依然ヒドイが、元々こういう表現(演出)をすると分かっていると、普通のアニメになった時のカタルシスがある。


そう思って、4回目も見た。そうすると、不思議なことに3回目よりも確実に面白い。
フラッシュアニメと普通のアニメの配分がいい。最初に見た時よりも遥かに良い。
まだ何が面白いのかを説明しろと言われると、どこかは明言できないが
見た後にどこか気持ちよく、良さがある。


これは一体どういうことか?

どうしてこんなに茶番フラッシュアニメを入れられているのか?


考えてみた結果、1つの疑惑として、これは既にニンジャスレイヤーを知っている者でも、まさにニンジャスレイヤーを初めて知った時のショック(ニンジャリアリティショック)をもう一度体験させるような作りなのでは?と訝しんだ。

だが、それだけなら、ただの一発ネタだ。
同じ表現は慣れれば飽きられる。


ほんやくチームがそんなぬるいことをするだろうか?
やはり手抜きなのでは?

フラッシュアニメーションは手抜きか

手抜きだ手抜きだと言われているフラッシュアニメ部分、果たして本当にそうなのか考えた。
考えて見た(視聴した)結果、これは「計算された手抜き」だと僕は感じた。


理由その1:フラッシュキャラクターデザインのスタッフがいる

これだ。

フラッシュキャラクターデザインのスタッフが専任でいる。
普通のアニメにフラッシュキャラクターのスタッフがいますか?おかしいと思いませんか?あなた


理由その2:視聴体験がそう思わせる

何度かの視聴体験でそのように思えてくる。


これはほとんど慣れや洗脳に近いような気がするが、繰り返し見ると、
これまでの視聴体験から、経験が生き、フラッシュ部分も作品を構成する一部として、全く気にならなくなるのだ。*3


実際このフラッシュアニメがあることにより、普通のアニメに変わった時の気持ち良さがあり、
原作にもあるシリアスになり過ぎないようにするための1つの小細工のように思える。
また話を圧縮するための1つの手法なのでは、と思った。



原作は、大きくシリアスなエピソードと、トンチキなエピソードの2種類に分かれている。
両方がいい塩梅に入り混じったエピソードもあり、それがとてもタノシイのが原作だ。


それを普通のアニメ表現でやろうと思うと、実際15分では時間が足りなくなるし、結構アニメ表現的には難しいのではないかと思った。
実際、音声だけ聞けば全く手抜きのないオーディオドラマめいていることに気づいた方もいるだろう。


まとめ

まとめると、ニンジャスレイヤーフロムアニメイシヨンについての私の理解は以下のツイートに凝縮される。






本来こういったことは非常に稀だと思うが、まさにこれらのツイート通りだ。
15分アニメにしてある都合上、ちょっと分かりにくい部分も多々あるのは確かだし
フラッシュアニメなんてのも使われているが、間違いなくニンジャスレイヤーのアニメだった。


そういう理解で、アニメイシヨンを見てほしいと思う。
どうしてもダメ、合わない。という人は、前述したように見なければいいのだ。
それがこれまでも、これからも変わらない多様性だ。


グラマラス・キラーズが苦手な人がいるように*4、アニメイシヨンが苦手だから見ないという選択肢をとれる。
だから、このアニメについて否定も肯定もしてもいいけど、それをする人を批判したり、否定か肯定することを強制しないで欲しいと思う。
僕は、否定することを批判されないし、肯定することも批判されないことを望みたい。*5


多様性は重点される。



最後に、こういう意見もあった。
これには「はっ」とさせられた。確かにこれまで紹介したメディアのほとんどのアレンジのされ方が、多様性に飛んだ切り口からアレンジメントされている。
それは皆さんを楽しませる演出でもあるが、それと同時にニンジャ真実に近づくためのものなのでは?(ニンジャ真実が何かは語られていませんが雰囲気で理解してください)


ついでにアニメイシヨン真実

2話で一部のヘッズが大変な事に気づいている。


1話のマッポがサラリマンを囲んで棒で叩くシーンを見て、ブンドドみたいだなぁ。
と思っていたが、まさか本当にフィギュアの可能性が浮上。


フラッシュアニメキャラクター自体もフィギュアのような格好だとは思っていたが
公式の手のひらで踊らされている感がすごい。


これからアニメイシヨンがどうなっていくのか、非常に楽しみだ。
今日は3話の上映会があります。◆しよう◆

*1:僕はというより一般的なニンジャヘッズもそうだろう

*2:一眠りすることでニューロンの損傷が回復したのだ

*3:ヘッズ的に言うと、研修が進み備えることができるようになった

*4:俺だ

*5:嫌いな人はヘッズではない、好きな人はヘッズではないという考え自体が間違っていて奥ゆかしくない